Somnus mortis

 まともに眠れなくなって、どれくらい経つだろう。空のバスタブの中で蹲って日にちを数える。だけれど、記憶はあいまいだ。一週間、十日、二週間、一ヶ月……いや、もっとだ。きっと、多分。

 寝たい。眠りたい。泥のように。死んだように。ぐっすりと。眠りを。どうか。

 睡眠薬を10mg、一錠。

 オレンジ色の錠剤は胃の中で溶けて、脳に作用する。――穏やかな眠りを、どうぞ。

 蛇口を捻ってバスタブに水を溜める。目を閉じてバスタブの縁に頭を預ける。このまま溺れてしまえば、眠れるの? 

 あんまり眠らな過ぎたので、きっと頭がおかしくなってしまったのだ。

 今日という日に祈る。祈るものを持たないけれど。

 寝たい。眠りたい。泥のように。死んだように。ぐっすりと。眠りを。どうか。神様。

 水に浸っていく。水没してゆく。冷たい。ゆっくりと息をする。――溺れる。



「まるきり寝ていないことなんて、ありませんよ。ただ、あなたが眠っていないのを憶えていないだけです」


 本当に?


 寝たい。眠りたい。泥のように。死んだように。ぐっすりと。眠りを。どうか。ああ、神様。

 ――安らかな、死を。



 


月睡蓮

椿蓮子による一次創作サイト。小説や個人ペーパー、日記などを置いています。 どうぞごゆるりとお楽しみくださいませ。

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