薔薇と乙女 ①

 ――美しい人の躰には美しいものがつまっている。



 緑子は鏡の前に立って自分の顔を覗き込みました。顔を近づけると息で鏡が白く曇って、緑子は指先を濁った表面に滑らせて十字架を描きました。子供の頃、繰り返し読んだおとぎ話の一節を頭の中で暗唱しながら。

 ――鏡よ、鏡、世界でいちばん美しいのはだあれ?

じっと己の瞳を見詰めて問いかけます。当然、鏡は答えてはくれません。それどころか、誰も彼女に『美しい』とは言ってくれないのでした。緑子自身も充分に解っていました。己の容姿の醜さを。

 緑子は母親がいない時や深夜、目が醒めた時に、こっそり洗面所の鏡の前に立って自分の顔をつぶさに点検するのがひとつの癖でした。その癖は顔立ちの醜さ故にまとわりつく自身への不快感、嫌悪感、不安感から生じたものでしたが、確認しながら「ひょっとしたら私はそんなに醜い顔ではないのかしら」「私にだって少しは美しいところがある」といった密やかな期待と願望、優越感に浸るためでもありました。また自分を慰めるためにも必要な行為でした。

緑子は人前ではいつも自信がなさそうに俯き加減で、長く伸ばした黒髪を遮光カーテンにして他者からの視線を遮断し、神秘のヴェールを被っていました。唯一の家族である母親の前であっても同じようにしていました。彼女を取り巻く人々が、自分の容姿を嘲笑と好奇の目で見ているのを知っているからでした。

そんなふうでありましたから、緑子は学校でも孤立していました。友達らしい友達もなく、家においても母親から蔑まれていました。「器量の悪さは一体誰に似たのかしらねえ」母親は鏡台の前で白粉をはたきながら良くそう言いました。緑子は何も言わずにおりましたが、内心で「ママに似たのよ。目や鼻の形なんてそっくりじゃないの」と毒づいていました。

母親はちらりと緑子を莫迦にするような目つきで一瞥すると真っ赤な口紅を引きながら「アンタを見ているとイライラするわ」吐き捨てるように言うのが常でした。母親が毎日のように苛立っているのは自分を捨てたかつての夫に緑子が似ているからでした。自分を置いて、ある日突然、いなくなってしまった男への憎しみといまだに断ち切れない思慕とが胸の中で渦巻き、荒々しく逆巻いて、抑えきれない激情に駆り立てられて、緑子につらく当たるのでした。母親はそんな自分の心理を良く理解しないまま、生活苦に深く刻まれた皺を埋めるように化粧を厚くして夜の仕事へと出ていくのでした。

 緑子は生まれてこの方、父親の顔を知らないのでした。写真一枚くらい残っていても良さそうなのに、家の中どこを探しても見つからないのでした。それというのも母親が全部、燃やしてしまったからです。華々しい結婚式の写真も、夫と肩を並べて幸せそうに微笑んでいる写真も……。残っている写真といえば、緑子自身の幼少期のものが数枚、学校の行事で撮ったものが幾つかあるだけでした。緑子の家は経済的にも困窮していましたが『思い出』というものに対しても酷く貧しい家庭なのでした。母子ふたり――温かみの欠けた家族でした。

母親から軽蔑され莫迦にされ嫌悪され、父親にも捨てられてしまった醜い私――あんまりにも惨めすぎると思いました。だから緑子はせめての慰めとして、父親は仕事のために遠い異国へ行っているのだと幼い空想で真っ黒に口を開けている空虚感を少しでも埋めようとしているのでした。

空想の中の父親は銀幕のスターのように見目麗しく、学者のように理知的で娘にはとびきり優しい――そんな都合の良い、何かのモンタージュのような父親を心に棲まわせて、布団に入って目を瞑り、緑子は幼子になって心ゆくまで彼と対話し、おやすみなさいと頭を撫でてもらいながら優しい気持ちになって、ひとりきりで眠りにつくのでした。彼女にとって眠りはいちばん優しいものでした。

 さて、緑子はこのような境遇の少女でしたが、実際の彼女の容貌――客観的に見た場合、それほど醜いというわけではありませんでした。寧ろ、これといって特徴があるわけでもなく、ごくごく平凡な顔立ちなのでした。緑子は歪んだ鏡を通してでしか自分を見ることができない不幸な瞳しか持っていなかったのです。学校での嘲笑も好奇の目も、すべては彼女の過剰な自意識が作り出した被害妄想なのでした。本当は誰も緑子に関心を持っていなかったのです。道端に転がる忘れられた小石の如く。しかしそれも致し方ないのです。先に関係を断絶したのは、壁を築いたのは、緑子の方なのですから。また緑子は意識のどこかで『孤独』であることが『大人の証』である、と思い込んでいる節がありました。そう、彼女は自分は周りとは違う、自分は特別である、と傍から見たらあまりにも滑稽な自意識を持っていました。そうすることでクラスメイト達を見下していたのです。なんと鼻持ちならない少女でしょう!

 結局、緑子は自己認識とは違った理由で周囲から距離を置かれ、孤立していたのです。だけれども、緑子は気がつきませんでした。

――私の孤独は私が選び取ったものであり、私が世界を拒絶し、孤独であることが真の大人であり、終始群れてつるんでいるお子様なお前らとは違う。

肥大する自尊心、膨れ上がる自己愛。

嫌われ者の長い黒髪の少女、緑子。

そんな緑子でしたが、ある日――薔薇が綻び始めた美しい季節に彼女は心奪われるものと出逢いました。

それは隣の家に引っ越してきた同じ年頃の少女、小夜でした。

小夜は夢のように美しい少女でした。

桜のように儚く、薔薇のように気高い、白雪のように清らかで端正な容姿は、緑子がいつもそうありたいと夢想し続けた姿でした。

緑子は彼女を一目見て、何かに深く胸を貫かれた気がしました。今まで拒絶していた世界が緑子に迫り、分厚く築いていた壁が一挙に突き崩され、視界を遮断していた長い黒髪が皐月の風に吹き流され、眩しい光が緑子の瞳の底を灼くように射抜く――彼女が堅く守ってきた世界は崩れ去り、壊れ果て、新しい世界が到来したのでした。それは一言で言えば、戀でした。

緑子は生まれて初めて戀をしました。

それはそれは美しい少女、小夜に。

薔薇のかぐわしい香気に誘われる羽虫のように、決して逃れられない万有引力の如く。

しかし残念なことに小夜とは学校が別でした。どうやら小夜は私立の名門校へ通っているようでした。緑子は公立の学校へ通っていたので、小夜と口を利くどころか顔を合わせることすら稀でした。

彼女と言葉を交わしたのは小夜が両親と共に引っ越しの挨拶に来た時が最初で、それ以降は朝の通学時に、たまに家の前で顔を合わせるくらいでした。小夜は緑子と逢うと朗らかに微笑しながら「緑子さん、おはようございます」と言ってくれるのに対して、緑子は戀するが故に恥ずかしいやら緊張するやらで、まともに挨拶もできずに、ひとり顔を赤らめて周章狼狽しながら、ぺこりと頭を軽く下げて逃げ出すようにしてその場から立ち去るのが常でした。そうして後になってから小夜に失礼な態度をとってしまったことを悔いて、嫌われてしまったのではないかと気に病みながら、彼女の優しい微笑みを思い出して、どうしたら普通に接することができるのか、小夜に近づきたい、せめて友達になりたいと考えるのでした。

小夜を知ってから緑子は鏡を覗く機会が増え、またその時間も長くなりました。醜いと思っている己の顔を様々な角度で映して見ながら、じっくりと点検して、小夜の整った貌(かんばせ)を思い浮かべました。

肩の上で切り揃えられた艶やかな黒髪、涼やかな三日月の眉、やや憂いを含んだような潤った漆黒の瞳、縁取る長い睫毛、すっきりとした鼻筋、シャープな輪郭、ふっくらと瑞々しい薔薇色の唇……。

緑子は自分の顔の中に小夜の面影を探し求めました。しかし似ている部分はひとつもありません。

せめて髪の毛を同じ長さに切ってしまえば――世界を断絶する長い髪の毛はもう必要ないから。

――あなたに、なれる?

緑子は鏡に問いかけながら、少しだけ笑ってみせるのでした。ここにはいない、小夜に向かって。

**********

麗らかに晴れたある日曜日の午後。

緑子は図書館で借りた本を返却するために家を出ると、緑子さん――柔らかな声音に呼び止められました。俯き加減の顔を上げて声のした方へ目を向けると、小夜が家の庭の柵越しに立っていました。

緑子は驚きながらその場に立ち止まりました。小夜は土に汚れた軍手を脱ぎながら手招きをします。一体何の用だろうかと高鳴る胸を抑えながら緑子は彼女に近づくと、

「どちらにお出かけ?」

「別に出かけるってほどでもないけれど……」

 ぶっきらぼうに返事をしながら緑子は不愛想な自分を呪いました。ああ、本当はもっと楽しくお話したいのに!

 悲しいかな、これも戀するが故の反応なのでした。恥ずかしさが先に立って素直に振舞えないのです。

 しかし緑子の胸中など全く知らない小夜は親しげな笑みを絶やさずに頷きながら、

「緑子さん、薔薇はお好き?」

「……ええ、まあ」

 曖昧に答えながら、その実、花に興味を持ったことなど一度もないのでした。

小夜は白い歯を零して告げます。

「そう、良かった。私の家で薔薇を育てているのだけれど、花が咲いたらお近づきのしるしに差し上げようと思っていましたの。丁度、今が花盛りでいちばん綺麗な頃なのよ。宜しかったら私のお家へ遊びに来ない?」

 願ってもないお誘いに緑子は目を丸くして、

「今?」

「ええ。緑子さんが宜しければ、ぜひ」

「……ありがとう。それなら、お邪魔させていただくわ」

 すると小夜もどこかほっとしたように美しい顔いっぱいに喜色を咲かせて、緑子に玄関の方へ回るように言って鉄柵の門を開いて彼女を迎え入れました。

緑子は嬉しさと緊張とで心臓がどうにかなりそうでした。今にも口から心臓が飛び出しそうなほどに鼓動が鳴っていました。口の中がカラカラに渇いてゆきます。変な汗が手に滲みます。緑子は小夜に気がつかれないようにスカートの裾で掌の汗を拭って、本が入った手提げ鞄を胸に抱えて激しくなる動悸を抑えようとしました。しかし心臓は一向に収まる気配はありませんでした。

小夜は緑子のそんな様子にはまるで気がつかないまま、彼女を庭へと案内しました。その間、小夜は何やら緑子に話しかけていましたが、極度の緊張と小夜の細い背中を瞳に焼きつけるのに必死で、緑子は彼女の言葉をまるで聞いていないのでした。

「緑子さん?」

 不審に思った小夜が振り返ります。一瞬、漆黒の瞳と出逢いました。緑子は咄嗟に目を逸らします。本当はいつまででも見詰め合っていたいのに。

「お加減でも悪いの?」

 柳眉を曇らせて問うのを、緑子は首を横に勢い良く振って「いいえ。違うの。少し暑くって……」わざとらしく掌で戀にのぼせた顔を扇ぎます。実際、今日は初夏の陽気で長袖のブラウス一枚でも暑いくらいなのでした。

雲一片すらない空は眩(まばゆ)いばかりの蒼さ、天高く鎮座する太陽はいよいよ白く輝いて、五月晴れの上々天気。

 小夜は「今日は好いお天気ですものね」独白して目を細めて蒼穹を仰ぐと、先にお茶にしましょうと言いました。緑子も喉がはりつくまでに渇いていたので彼女の言葉に嬉々として賛同したのでした。

 緑子は小夜の自室に通されました。

「お茶を淹(い)れてきますわ。少しお待ちになって」

 そう言い残して小夜が部屋を出ていくと、緑子は物珍しげに室内を見回しました。

小夜の部屋は自分のそれとは全く違っていました。整理整頓された机、小さな本棚、白いレースをあしらった天蓋付きのベッド、窓にかけられた淡い桜色のレースのカーテン、小振りのドレッサーまであります。今は閉じられていますが、鏡は三面鏡なのでしょう。ドレッサーにはヘアブラシと薔薇色の小壜、青色の小壜、黄金色の液体が入った壜が並んでいます。

緑子はじっくりと部屋を観察しながら、本棚に近づきました。お行儀良く並んでいる文庫本達はどれも海外の文学作品ばかりで緑子が一度も手に取ったことのない本でした。緑子が好んで読む本といえば国文学が主だったので。

 緑子は指先で背表紙をなぞりながら、一冊の本を抜き取りました。

――リルケ詩集。

 全く知らない詩人でしたが、何となく語感に惹きつけられて選んでみたのでした。パラパラと適当にページを開いてみます。

『薔薇よ……

 薔薇よ、おお、この上もなく完全なものよ、

 限りもなくみずからをうちに含み、

 限りもなくみずからに答えるもの、

 あまりの美しさに、そこにあるとも

 思えぬからだから生(お)い出た頭部。

 おまえに比べられるものは何もない、おお、おまえ、

 そよぎやまぬ滞在の至高の精よ、

 ひとの行きなやむ愛の空間を

 おまえの香気は行きめぐる。』

 緑子には良く理解ができませんでしたが、薔薇を賛美した詩であることは解かりました。

美しい薔薇。

完全無欠の美。

それは緑子にとって小夜でした。

小夜はどこをとっても美しい少女でした。容姿も、声音も、その心根も。

ドレッサーに並べられた三つの小壜はあたかも小夜の美貌をつくる錬金術師の道具のように思えました。天蓋付きのベッドは幼蟲が美しき蝶へと変容を遂げるための繭のようです。彼女は毎晩、三つの小壜を用いて、眞白きベッドで眠り、その美しさを絶えず新しく生まれ変わらせているのだと思いました。

――私も美しく生まれ変わることができたなら。小夜のように。

 リルケの詩集を手にしたままぼんやりしていると不意に部屋のドアが開いてお待たせと小夜が戻ってきました。彼女が手にしている白いトレイには透き通った薔薇色の液体に氷が浮かんだ洋杯(コップ)が二つと小皿に盛られた数枚のクッキー達がちょこんと載っておりました。

 緑子は促されて毛足の長い絨毯の上に座るとトレイを挟んで小夜も向かいに座りました。

どうぞ――洋杯を僅かに差し出されて「いただきます」緑子は薔薇色のそれに口をつけました。キンと冷えた飲み物は強い酸味がありました。飲み慣れない薔薇色は緑子の舌を縮こませます。思わず顰(しか)めた顔を慌てて取り澄まして、再度洋杯に口をつけました。あまりにも喉が渇いていたために、ほとんど一息に飲み干してしまいました。冷たいものを飲んだせいか、落ち着かなかった心臓もようやく静かになりました。人心地ついて緑子がほうと息を吐くと小夜は満足げに微笑しました。

「おかわりは要りまして?」

「いいえ。大丈夫よ。ありがとう。――初めて飲んだけれど、何だか不思議な味ね」

「ああ、これ。ローズヒップとハイビスカスのお茶よ。酸っぱいけれど今日みたいに暑い日には冷やして飲むとさっぱりするでしょう。お肌にも良いのよ」

 言いながら小夜も薔薇色のお茶を一口飲みました。それから「良かったわ」心底ほっとしたように呟きました。緑子が首を傾げていると、小夜は微苦笑して言いました。

「私、てっきり緑子さんに嫌われていると思っていましたの。たまに朝にお会いするでしょう? 緑子さん、何だかそわそわして困ったようなお顔をされていたから……私、緑子さんに何か悪いことをしてしまったのかしらってずっと気になっていたの。でもこれといって思い当たる節もなくって……せっかくお家が隣同士ですし、年齢も同じでしょう。前からお友達になれたら良いなって思っていたの」

 思い切ってお声をかけて本当に良かった――屈託なく嬉しそうに小夜は笑うのでした。

 緑子は彼女の言葉を聞いて驚くと共に天にも昇る気持ちになりました。小夜が、憧れ戀する美しい小夜が、醜い自分なんかと友達になりたいだなんて!

思ってもみなかった彼女の告白に緑子は少し耳が熱くなるのを覚えながら胸中に広がる甘い痺れ、とろりと滴る甘露に酔いしれました。

それから緑子は堰を切ったように喋りました。

登校時、顔を合わせた時の礼を失した態度を詫びながら、自分も小夜と友達になりたいと思っていたこと、趣味の読書のこと、学校でのことを――ひとり孤独に過ごしているとは明かさずに多くの友達がいて楽しく学校生活を送っていると嘘を吐きました――心弾ませて打ち明けました。こんなに沢山一度に人と喋ったのは初めてでした。

家族のことは敢えて話ませんでした。小夜と比べて惨めになってしまうからです。小夜が経済的に恵まれているのは彼女の小奇麗な自室を見れば明らかでした。

小夜は相槌を打ちながら緑子の話に耳を傾けていました。時折、小さく笑みを零しながら。

「緑子さん、リルケもお読みになるの?」

 ふと彼女の傍らにあった文庫本を見て小夜は訊ねました。

「あ、ううん。ごめんなさい、勝手に小夜さんの本棚から抜き取ったの。少し気になって……薔薇の詩が素敵ね」

「そう。私のお気に入りの本よ。リルケは薔薇の棘に傷ついて、それで病気になって死んでしまったのですって」

「まあ、そうなの。こんな言い方も何だけれど、随分ロマンチックねえ」

緑子はまるで知らない詩人の顔を好き勝手に思い描いてて言いました。きっと小夜のように美しい容姿をした詩人であったのだろうと。

「詩人は悲劇的にロマンチックでなければ、詩人にはなれないものなのよ」

 小夜は長い睫毛を垂れて呟きました。睫毛に翳る瞳が一層、潤んで見えたのは気のせいでしょうか。

 他愛もないお喋りをしながらクッキーを摘まんだ後、少女達は庭へと降り立ちました。

 小夜が育てていると言った薔薇は、薄紫の少し珍しい品種でした。小夜は「夜来香(イエライシャン)よ」と薔薇の名前を口にして剪定鋏で一輪、摘み取りました。茎の切り口から瑞々しい青い香りが漂います。

その横で緑子は神秘的な色合いの花群れに顔を寄せて匂い立つ爽やかな香気を胸いっぱいに吸い込みました。そうしながら青みのある花弁(はなびら)の色が小夜の白皙の膚(はだ)に良く映えるだろうと思いました。

――薔薇の名前にも、戀する彼女にも『夜』がある。

夜は小夜の双眸にもありました。白目が薄青く見えるほどの漆黒。朔月の暗夜を思わせる底なしの黒。

緑子の中で夜は小夜であり、藤色の薔薇であり、一等美しいものになりました。頭上で白熱する太陽を急に疎ましく思いました。

――早く夜になれば良い。今が夜であったなら。薔薇よ、その名において今、夜を連れて来い。その香気と共に。

 小夜はもう一輪、また一輪と剪定鋏で花開いた薔薇を切り取ると小脇に抱えていた新聞紙で保護するように三輪の薔薇を器用に包んで微笑みながら緑子に差し出しました。

「お友達のしるしに」

「……ありがとう、小夜さん」

 緑子は不器用に笑って夜の薔薇を受け取りました。

月睡蓮

椿蓮子による一次創作サイト。小説や個人ペーパー、日記などを置いています。 どうぞごゆるりとお楽しみくださいませ。

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